2026年1月、iDeCo(個人型確定拠出年金)の一時金と退職金を両方受け取る人にとって大きな税制改正が施行された。通称「10年ルール」と呼ばれるこの改正で、iDeCoと退職金の受取り間隔が10年以内だと退職所得控除が制限されるようになった。

編集部にも「iDeCoの受取り方を間違えて数十万円損した」という声が届いている。結論から言えば、受取り順とタイミングを変えるだけで税額が50万円以上変わるケースがある。2026年6月時点の制度に基づき、具体的なシミュレーションと最適な出口戦略を整理した。

iDeCo「10年ルール」とは?2026年1月施行の改正ポイント

退職所得控除は、退職金やiDeCo一時金を受け取るときに課税対象額を大幅に減らせる制度だ。勤続年数(iDeCoは加入年数)に応じて控除額が計算される。

問題は、退職金とiDeCo一時金の両方を受け取る場合だ。受取り間隔が短いと、2回目の退職所得控除から1回目と重複する期間分が差し引かれてしまう。

旧ルール(2025年12月まで)

  • iDeCo一時金が先、退職金が後:5年超空ければ控除がリセット
  • 退職金が先、iDeCo一時金が後:20年超空けないと控除がリセットされない(事実上フル活用は困難)

新ルール(2026年1月〜)

  • どちらが先でも、10年超空ければ控除がリセットされる形に統一
  • iDeCo先→退職金後の場合:5年→10年に延長(不利に
  • 退職金先→iDeCo後の場合:20年→10年に短縮(有利に

つまり、以前は「iDeCoを先に受け取って5年空ける」のが鉄板戦略だったが、新ルールではこの方法が使えなくなった。一方で「退職金を先に受け取り、10年後にiDeCo」というルートが現実的な選択肢に加わった(国税庁「退職金と税」)。

受取り順で税額はいくら変わるのか|3パターンのシミュレーション

以下のモデルケースで、受取りパターンごとの税額を比較する。

モデルケース:会社員Aさん(60歳定年)、勤続25年、退職金1,200万円、iDeCo加入15年・残高500万円

退職所得控除の計算式は、勤続20年以下の部分が「40万円×年数」、20年超の部分が「800万円+70万円×(年数−20)」だ(国税庁)。

  • 勤続25年の控除額:800万+70万×5=1,150万円
  • iDeCo加入15年の控除額:40万×15=600万円

パターンA:iDeCo@60歳→退職金@65歳(5年ギャップ)

旧ルールなら5年空けで控除リセットだったが、新ルールでは10年未満のため控除が制限される

iDeCo一時金(60歳):退職所得控除600万円に対し残高500万円 → 退職所得0円・税額0円

退職金(65歳):控除1,150万円からiDeCoとの重複期間15年分(600万円)を差し引き → 調整後控除550万円

  • 退職所得:(1,200万−550万)÷ 2 = 325万円
  • 所得税:325万×10%−9万7,500 = 22万7,500円
  • 復興特別所得税:22万7,500×2.1% = 4,777円
  • 住民税:325万×10% = 32万5,000円
  • 退職金の税額合計:約55.7万円

iDeCoと合わせた総税額:約55.7万円

パターンB:iDeCo@60歳→退職金@70歳(10年ギャップ確保)

10年以上空けることで、新ルールでも控除がフルにリセットされる。

iDeCo一時金(60歳):税額0円(パターンAと同じ)

退職金(70歳):控除1,150万円がフル適用

  • 退職所得:(1,200万−1,150万)÷ 2 = 25万円
  • 所得税:25万×5% = 1万2,500円
  • 復興特別所得税:1万2,500×2.1% = 262円
  • 住民税:25万×10% = 2万5,000円
  • 退職金の税額合計:約3.8万円

総税額:約3.8万円(パターンAとの差額:約52万円

パターンC:退職金@60歳→iDeCo@70歳(新ルールで可能に)

旧ルールでは逆順だと20年空ける必要があったが、新ルールでは10年で控除リセットされる。

退職金(60歳):控除1,150万円フル適用 → 退職所得25万円 → 税額約3.8万円

iDeCo一時金(70歳):控除600万円フル適用 → 退職所得0円 → 税額0円

総税額:約3.8万円(パターンBと同額。60歳で退職金を受け取れる分、資金繰りで有利)

比較まとめ

パターン受取り順総税額差額
A(5年ギャップ)iDeCo@60→退職金@65約55.7万円
B(10年ギャップ)iDeCo@60→退職金@70約3.8万円−約52万円
C(逆順10年)退職金@60→iDeCo@70約3.8万円−約52万円

退職金やiDeCo残高がさらに大きいケースでは、差額が100万円を超えることもある。たとえば勤続30年・退職金2,000万円・iDeCo20年・残高800万円の場合、パターンAに相当する受取り方をすると約113万円の税負担増になる試算だ。

新ルール下の出口戦略|最適な受取り方3選

戦略1:10年ギャップを確保して両方一時金で受け取る

税額を最小化する王道パターン。上記シミュレーションのパターンB・Cがこれにあたる。

  • 退職金@60歳→iDeCo@70歳:定年退職時にすぐ退職金を受け取り、iDeCoは70歳まで据え置く。60歳でまとまった資金が手に入り、iDeCoは運用を続けられる点もメリットだ
  • iDeCo@60歳→退職金@70歳:再雇用や転職で65歳以降も働き、退職金の受取りを遅らせるケース。会社の退職金制度が繰下げに対応している必要がある

いずれも10年の間隔が必要なので、50代のうちに勤務先の退職金制度を確認しておくことが重要だ。

戦略2:iDeCoを年金受取りに切り替える

iDeCoを一時金ではなく年金(5〜20年の分割)で受け取れば、退職所得ではなく雑所得(公的年金等)として課税される。退職所得控除の重複問題が発生しない。

ただし、公的年金と合算されるため、厚生年金の受給額が多い人は税負担が増える可能性がある。65歳以上の公的年金等控除は年110万円(国税庁「公的年金等の課税関係」)。厚生年金が年180万円の場合、iDeCo年金を年25万円上乗せすると雑所得は95万円になり、所得税・住民税が毎年かかる。

年金受取りが有利になるのは、公的年金の受給額が少なく、公的年金等控除の枠が余っている場合だ。

戦略3:一時金と年金の併用

iDeCoは「一部を一時金・残りを年金」で受け取ることも可能だ(金融機関によって対応が異なる)。退職所得控除の枠内を一時金で受け取り、超過分を年金にする方法で、両方の控除を活用できる。

たとえばiDeCo残高500万円のうち、控除枠600万円以内の500万円を一時金(税額0円)、残りがあれば年金にする。この場合は全額が控除内に収まるため、一時金一括のほうがシンプルだ。iDeCo残高が控除額を大幅に超えるケースで併用が効いてくる。

受取り開始前にやるべき3つの確認

出口戦略を決める前に、以下を確認しておこう。

  1. 退職金の受取り時期を選べるか:勤務先に退職金の繰下げ制度があるかを人事部に確認する。企業型DCの場合は、iDeCoと同じく受取り時期を60〜75歳の範囲で選べることが多い
  2. iDeCoの加入年数と勤続年数の重複期間:重複が長いほど控除の減額が大きい。iDeCo公式サイトの加入者ページで加入期間を確認できる
  3. 公的年金の見込額ねんきんネットで将来の年金額を確認し、年金受取りにした場合の税負担をシミュレーションする

自分で実際にシミュレーション表を作ってみた感想だが、退職金の額・iDeCoの残高・勤続年数の3変数で結果が大きく変わる。面倒でも自分の数字を当てはめて計算することをすすめる。

FAQ

iDeCoの10年ルールは企業型DC(確定拠出年金)にも適用される?

適用される。企業型DCの老齢給付金も退職手当等に該当するため、退職金との間で同じ10年ルールが適用される。企業型DCとiDeCoの両方に加入している場合は、それぞれの受取りタイミングを含めた設計が必要だ。

退職金が少額(500万円以下)でも10年ルールの影響はある?

退職所得控除の枠内に収まる場合は、そもそも退職所得が0円になるため影響は小さい。ただし、iDeCoの残高が大きく控除額を超える場合は、受取り順で税額が変わる可能性がある。自分の控除額と受取額を比較して判断しよう。

iDeCoの受取りを75歳まで延ばすデメリットは?

iDeCoの受取り開始は75歳が上限だ(2022年の法改正で70歳→75歳に延長)。据え置き期間中は運用を続けられるメリットがある一方、相場下落リスクを負う。また、75歳以降は公的年金の受給額も増えるため、年金受取りにすると雑所得が増えて税・社会保険料が上がる可能性がある。

退職金のない会社員やフリーランスは10年ルールを気にしなくてよい?

退職金がなければ退職所得控除の重複は発生しないため、iDeCoの一時金受取りで控除をフル活用できる。フリーランスで小規模企業共済に加入している場合は、共済金もiDeCoと同様の退職所得扱いになるため、受取り間隔に注意が必要だ。

2026年1月より前にiDeCoを受け取った場合は旧ルール適用?

2025年12月31日以前に受け取ったiDeCo一時金については旧ルール(5年ルール)が適用される。ただし、その後の退職金受取りには新ルールの10年ルールが適用される場合がある。施行日前後をまたぐケースは税務署または税理士に確認することをすすめる。

参考文献