2026年1月の税制改正で、iDeCo一時金と退職金を受け取る際の退職所得控除ルールが大きく変わった。従来は「5年空ければ両方とも控除をフル活用できる」とされてきたが、この期間が10年に延長された。編集部で実際にモデルケースを試算したところ、受取順とタイミングを変えるだけで手取り差が100万円以上開くケースもある。この記事では、制度変更の中身を整理したうえで、パターン別に手取り額を数字で比較し、最適な受取戦略を提示する。
なお、以下の試算は2026年5月時点の税制に基づく。個別の状況により結果は異なるため、最終判断は税理士やFPに相談することを推奨する。
退職所得控除のしくみ|勤続年数で決まる非課税枠
退職金やiDeCo一時金を受け取ると「退職所得」として課税される。ただし、退職所得控除という大きな非課税枠が設けられており、勤続年数(iDeCoなら加入年数)に応じて以下のように計算される。
- 20年以下: 40万円 × 勤続年数(最低80万円)
- 20年超: 800万円 + 70万円 ×(勤続年数 − 20年)
たとえば勤続38年なら、800万円 + 70万円 × 18年 = 2,060万円が非課税枠になる。退職金がこの枠に収まれば税金はゼロだ。
退職所得の計算式は次のとおり(国税庁 No.1420参照)。
退職所得 =(退職金 − 退職所得控除額)× 1/2
「1/2」が掛かるため、仮に控除を超えても課税額は比較的抑えられる。これが退職金の税制優遇の核心だ。
「5年ルール」→「10年ルール」2026年1月から何が変わったか
iDeCoの一時金も退職金も、どちらも「退職所得」として退職所得控除の対象になる。問題は、両方を受け取る場合に控除枠が重複することだ。
同じ勤続期間に対して退職所得控除を二重に適用するのを防ぐため、2つ目の退職所得を受け取る際には、1つ目で使った控除枠の「重複期間分」が差し引かれる。ただし、一定年数を空ければこの調整が免除される——これが「〇年ルール」の正体だ。
改正前(〜2025年12月)
iDeCoの一時金を先に受け取り、その後に退職金を受け取る場合、間隔が5年超(前年以前4年以内に該当しない)であれば、退職金側の控除は重複調整なしでフル適用できた(国税庁 No.1420)。
つまり「60歳でiDeCo一時金 → 65歳で退職金」のパターンなら、両方とも退職所得控除をフル活用でき、税負担をゼロに近づけることが可能だった。
改正後(2026年1月〜)
令和7年度税制改正(財務省 令和7年度税制改正大綱)により、確定拠出年金(iDeCo含む)の一時金を先に受けた場合の重複排除期間が「前年以前4年以内」→「前年以前9年以内」に延長された。
結論から言うと、iDeCo一時金と退職金の間隔を10年超空けなければ、退職金側の控除が減額される。「60歳iDeCo → 65歳退職金」の鉄板パターンが通用しなくなったのだ。
なお、退職金を先に受けてからiDeCoを後で受け取る場合の重複排除期間(前年以前19年以内)は変更なし。変わったのはあくまで「iDeCo → 退職金」の順番だけだ。
パターン別試算|iDeCo 800万円・退職金2,000万円のモデルケース
以下のモデルケースで、受取パターン別の税額を試算する。
モデルケース(前提条件)
- 22歳入社 → 60歳定年(勤続38年)
- iDeCo加入期間: 25年(35歳〜60歳)
- 退職一時金: 2,000万円
- iDeCo一時金: 800万円
パターンA: 旧ルールの鉄板|iDeCo 60歳 → 退職金 65歳
①iDeCo(60歳受取)
- 退職所得控除: 800万 + 70万 × 5年 = 1,150万円(加入25年)
- 退職所得:(800万 − 1,150万)× 1/2 = 0円(控除内)
- 税額: 0円
②退職金(65歳受取)
- 旧ルール: 5年超の間隔 → 重複調整なし
- 退職所得控除: 800万 + 70万 × 18年 = 2,060万円(勤続38年)
- 退職所得:(2,000万 − 2,060万)× 1/2 = 0円(控除内)
- 税額: 0円
合計税額: 0円(手取り2,800万円)
パターンB: 新ルール下で同じ順番|iDeCo 60歳 → 退職金 65歳
①iDeCo(60歳受取)→ パターンAと同じ。税額0円。
②退職金(65歳受取)
- 新ルール: 5年の間隔 < 10年 → 重複調整あり
- iDeCoの加入期間25年は勤続38年と全期間重複
- 調整額: iDeCoで使った控除1,150万円
- 退職所得控除(調整後): 2,060万 − 1,150万 = 910万円
- 退職所得:(2,000万 − 910万)× 1/2 = 545万円
退職所得545万円に対する税額(2026年5月時点の税率):
- 所得税: 545万 × 20% − 42万7,500円 = 66万2,500円
- 復興特別所得税: 66万2,500円 × 2.1% ≒ 1万3,912円
- 住民税: 545万 × 10% = 54万5,000円
合計税額: 約122万円(手取り約2,678万円)
旧ルールなら0円だった税金が、同じ受取順のまま新ルールでは約122万円に膨らむ。これが10年ルールの直接的なインパクトだ。
パターンC: 同年に両方受取|60歳で一括
同じ年に退職金とiDeCoを両方受け取ると、退職所得控除は長い方の勤続年数(38年分 = 2,060万円)が適用される(国税庁 No.1420)。
- 合計退職金: 2,000万 + 800万 = 2,800万円
- 退職所得控除: 2,060万円(勤続38年)
- 退職所得:(2,800万 − 2,060万)× 1/2 = 370万円
退職所得370万円に対する税額:
- 所得税: 370万 × 20% − 42万7,500円 = 31万2,500円
- 復興特別所得税: 31万2,500円 × 2.1% ≒ 6,562円
- 住民税: 370万 × 10% = 37万円
合計税額: 約69万円(手取り約2,731万円)
パターンBの約122万円に比べて約53万円の節税になる。ただし旧ルール時代の0円には届かない。
パターン比較まとめ
| パターン | 受取順 | 税額(概算) | 手取り |
|---|---|---|---|
| A(旧ルール) | iDeCo 60歳→退職金 65歳 | 0円 | 2,800万円 |
| B(新ルール) | iDeCo 60歳→退職金 65歳 | 約122万円 | 約2,678万円 |
| C(新ルール) | 同年(60歳)一括 | 約69万円 | 約2,731万円 |
※上記は所得税・復興特別所得税・住民税の合計。他の所得や控除は考慮していない。
新ルール下で手取りを最大化する3つの戦略
10年ルール施行後にiDeCoと退職金の手取りを最大化するには、以下3つのアプローチが有効だ。
戦略①: 退職金とiDeCoを同年に受け取る
上記パターンCのように、退職金とiDeCoを同じ年に受け取れば、勤続年数の長い方の控除が全体に適用される。10年ルールの影響を受けるパターンBと比べて約53万円の節税になるモデルケースもある。
ただし、60歳で退職金を受け取れるかは勤務先の退職金規程次第だ。定年延長で65歳まで退職金が出ない場合はこの戦略は使えない。事前に人事部門に確認しておこう。
戦略②: iDeCoを年金(分割)で受け取る
iDeCoは一時金ではなく年金として分割受取も可能だ。この場合、退職所得ではなく雑所得(公的年金等)として課税される。
65歳以上の公的年金等控除は年間110万円(年金収入330万円以下の場合)。厚生年金と合算して控除枠内に収まるなら有利になりうる。ただし、厚生年金が年200万円以上あるケースでは公的年金等控除を使い切っていることが多く、iDeCoの年金分がそのまま課税所得に上乗せされる(国税庁 No.1600参照)。
要するに、厚生年金の受給額が少ない人には有効だが、年金収入が多い人にはかえって税負担が増えるケースもある。自分の年金見込額をねんきんネットで確認してからシミュレーションしよう。
戦略③: 一時金と年金の併用(ハイブリッド受取)
多くのiDeCo運営管理機関では、一時金と年金の併用受取に対応している。たとえばiDeCo 800万円のうち400万円を一時金、残り400万円を10年年金で受け取るといった設計だ。
一時金部分を退職所得控除の枠内に収めつつ、年金部分は公的年金等控除の余裕分に充てることで、トータルの税負担を抑えられる可能性がある。ただし、併用受取のルールは運営管理機関ごとに異なるため、加入先の規約を確認する必要がある。
読者からよく聞かれるのが「結局どれが一番得なの?」という質問だが、答えは退職金額・iDeCo残高・厚生年金見込額・勤続年数の4変数で変わる。万人に共通の最適解はないというのが正直な結論だ。まずは自分の数字を当てはめてシミュレーションし、数十万円単位の差が出る場合は税理士への相談をおすすめする。
FAQ
10年ルールは2026年より前にiDeCoを受け取った人にも適用される?
2026年1月1日以降に受け取る退職手当等から適用される。それ以前にiDeCo一時金を受け取り済みの場合でも、2026年以降に退職金を受け取るなら新ルールの対象になる点に注意が必要だ(令和7年度税制改正大綱)。
退職金を先に受けてからiDeCoを後で受け取るケースはどうなる?
退職金(一般の退職手当)を先に受け取り、後からiDeCoを受け取る場合の重複排除期間は「前年以前19年以内」のままで変更されていない。今回の改正で変わったのは「iDeCo→退職金」の順番のみだ。
iDeCoの受取開始年齢は何歳から何歳まで?
iDeCoの老齢給付金は原則60歳から75歳までの間に請求できる。加入期間が10年未満の場合は受取開始年齢が段階的に遅くなる(加入8年以上10年未満なら61歳〜など)。詳細はiDeCo公式サイトで確認できる。
企業型DC(企業型確定拠出年金)にも10年ルールは適用される?
適用される。10年ルールの対象は「確定拠出年金法に基づく老齢給付金」であり、iDeCo(個人型)だけでなく企業型DCの一時金も含まれる。
会社で確定給付企業年金(DB)がある場合はどう考える?
確定給付企業年金(DB)の一時金も退職所得だが、こちらは確定拠出年金ではないため10年ルールの直接の対象外。ただし退職所得控除の重複調整自体は発生しうるため、DB・DC・退職金の3本立てがある人はより複雑な計算になる。税理士への相談を推奨する。
参考文献
- 令和7年度税制改正大綱 — 財務省, 2024年12月
- No.1420 退職金を受け取ったとき(退職所得) — 国税庁タックスアンサー
- No.1600 公的年金等の課税関係 — 国税庁タックスアンサー
- iDeCo公式サイト — 国民年金基金連合会
- ねんきんネット — 日本年金機構